一孝編・シニア徒然ブログ

※ ~
佐賀市に住む山口由美子さん。24年前に起きた西鉄バスジャック
事件の被害者です。事件から24年の歩みをつづっています ...
佐賀から福岡天神行のバスが17歳の少年に乗っ取られ、一人死亡、
二人が重傷を負った事件です。そのバスに同乗していた山口由美子
さんは、加害少年によって十数か所もの刺し傷を負われました。その
山口さんはいま、子供たちが安心して過ごせる 「居場所」づくりに
尽力されています。…
※ ~(後編)」~
塚本先生との出会いは、一番上の息子が 4歳の時にさかのぼります。
小学校の教員だった先生は、偏差値教育や受験戦争など 現代の学校
教育のあり方に疑問を感じて退職。 独自に幼児教室を主宰され、「
この世に生まれて初めて出会う教師は母親である」 という考えから、
子どもたちとお母さんのための教育に 専心しておられました。
先生は常々 「子どもは自ら育つ力を持って生まれてくる。大人は
それを援助するだけでいい」 とおっしゃっていましたが、 この教
えが私の子育ての指針となり、 特に娘が不登校に苦しんでいた時代
には 大きな支えになりました。 娘は小学校の時に不登校となり、
その後は通えたものの、 中学に入るとまた行けなくなってしまい
ました。
一番苦しいのは娘だと分かってはいるものの、 周囲から子育てが
悪かったからこうなったと思われたり、 この子の将来はどうなる
んだろうと不安になったりと、 親として娘を受け入れられない時期
もありました。
しかし、 「子どもには自ら育つ力がある。大人はそれを援助するだ
け」という塚本先生の教えがあったからこそ、 娘が自分で立ち上が
るまで待つことが できたのではないかと思うのです。
※ ~
* * 事件から1か月半、私は広島の病院に入院し、 治療とリハ
ビリに励みました。 結局、私は少年によって10数か所刺され、
場所によっては、あと少し傷が深かったら 死んでいたかもしれな
いとお医者様は言いました。
私自身、もしも床に倒れていたら、 間違いなく出血多量で死んで
いたと思っています。 それゆえ、事件の直後は体のあちこちが 張
り裂けるように痛く、あまりのきつさに、 いっそあの時死んでい
ればよかったと思うほどでした。
時間がたつにつれ、少しずつ加害少年の素性は 私にも伝えられま
した。 少年は娘と同じ17歳、高校は不登校の末、退学……。 「
ああ、彼も苦しんでいたんだ」と思いました。 バスの中で、少年
が最初に逆上して言ったあの 「俺の話を聞いていない!」という言
葉。 きっと彼は十七年間、ずっと心の中で 「話を聞いてほしい」と
訴えていたのでしょう。
しかし、それに耳を傾けなかった周囲の大人たち。 少年は事件に
よって加害者になりましたが、 それまではずっと大人社会の被害
者だったのだと 感じたのです。
その後、山口さんは「彼にも居場所があったら、 こんなことには
ならなかったかもしれないね」という 友人の言葉を聞いて、小学
校に通えない子供や、 成人して引きこもってしまった人などのた
めに、 親子の居場所づくりを目指す会を立ち上げられます。
※ ~
塚本先生は、死後、私やご遺族に 1つの言葉を残されました。
「たとえ刃で刺されても恨むな。恨みは我が身をも焦がす」 これ
は事故の直後に、先生のご子息が 「母の財布に入っていたおみく
じの言葉です」と言って 教えてくれたものでした。
「母は遺された者たちの心のありようまで 示唆して逝ってくれ
ました」 とおっしゃった時、あの日の先生の驚いた様子を思い出し、
もしかしたら先生はきょうここで、 ご自分の命が尽きることを察
知したのかもしれない。 そう思いました。
少年によって深い傷を負い、 いまも傷あとや後遺症が残る私が、
恨むどころか、少年のほうが被害者だと主張するのを聞いて、「
山口さんは強い」とおっしゃる方もいます。
しかし「恨みは我が身をも焦がす」という言葉を思うと、 実は
私は楽な生き方を選んだのではないかと思うのです。そして、
すべての出来事には意味がある。 事件もまた、私にとっては必
要な出来事だったと 受け止めています。 …
事件後、加害少年が不登校からひきこもりだったことを知りました。
カウンセリングを受けた旧知の精神科医から少年の居場所のなさが
語られた時、こうした少年たちのための居場所をつくりたいと思い
ました。
事件から1年後、私は仲間と共に不登校の子を持つ親の会を、さらに
1年後に子どもの居場所「ほっとケーキ」を開設しました。居場所で
は、来たばかりの頃には下を向き目も合わせられなかった子が、”こ
こでは学校に行かなくても、いい子でなくても大丈夫!”と思えた時、
笑顔で目と目が合うようになります。私たちスタッフが、子どもから
受け入れてもらった瞬間です。 …
※ ~
かける君(仮名)は小学5年生ですが、学校で友達とトラブルに
なってから登校できなくなってしまいました。2~3日休んだら
気も取り直せたので、さあ登校してみよう、と思ったのですが、
何となく行くタイミングを失ってしまい、登校できない日が続い
ていました。
友達と会うこともなくなり、自宅では気持ちも塞ぎがちになって
いました。気分転換でもした方がいいのではと思ったご両親は、
休日に一緒に外出して遊ぶようにしたところ、その時は笑顔で
楽しく過ごせていました。そんな状態が続いたため、受診され
ました。
会ってみると、かける君の表情は確かにさえませんが、日常生活
に支障はなく、食事も睡眠もしっかり取れていました。学校での
勉強や生活に支障がありそうな発達の遅れや偏りなどもなさそう
でした。
きっかけとなった友達とのトラブルのことも気になっていたよう
でしたが、それよりも「みんなに忘れられちゃっていないかな」
「自分の居場所がなくなっているんじゃないかな」「勉強につい
ていけないんじゃないかな」「休んでいた理由を聞かれたらどう
しよう」…などの不安が頭の中をぐるぐる回っていると話してく
れました。
どれも十分共感できるもので、それらが、かえって登校するとい
う行動を起こせない原因にもなっているようでした。でも、かけ
る君は「学校に行って、みんなと勉強したり遊んだりできるよう
になりたい」という思いも話してくれました。
学校というものは離れれば離れるほど登校しづらくなってしまい
ます。最初のきっかけは何であれ、その後に登校できない期間が
長くなればなるほど、それ自体が登校できない原因となってしま
うのです。
こんな時は、どのように治療を進めていけば良いのでしょうか。
精神科での介入方法には、お医者さんやカウンセラーさんとお
話しして気持ちを整え、その結果、行動を変容させていくやり方
と、まずは行動に働きかけながら考えていくやり方とがあります。
後者は行動療法という考えがベースにあります。かける君は行動
しながら考えることができそうでしたので、その作戦で考えてみ
ることにしました。
まずは行動の目標を考える必要がありますが、子どもさんが自分
で取り組めそうなことから始めることが大切です。「行動の目標
を決めてやらせる」のではなく、「自分で主体的に行動できるよ
うにする」ということです。
かける君の場合、まずは実際に学校に行ってみる、という目標に
してみました。でも、他の生徒さんたちがいる時間帯に行くのは
難しそうでした。その気持ちはよくわかります。
だって、誰かに突然会ってしまったら、何て答えればいいのかわ
かりませんよね。ですから、他の生徒さんがいない休日に、まず
は学校に行って校門にタッチするところから始めてもらいました。
早速、週末にご両親と学校まで行って、さっとタッチして帰って
きたそうです。感想を聞いたら「めっちゃ緊張したけれど、とり
あえずできた!」とうれしそうに話してくれました。とても大き
な一歩です。

次は、職員室まで行って担任の先生にあいさつする、ということ
をやってみることにしました。他の生徒さんもいる平日に行くの
で、ハードルがグッと上がります。
やってみたところ、校門で足が止まってしまいました。こんなふ
うに行動の目標を決めてもできない時もありますが、それでいい
のです。実際に行動したということが大事なのです。
また、目標設定を見直した方がいい時もあります。この時は、
職員室だといろいろな先生がいて緊張してしまうということが
わかったので、担任の先生が校門まで出てきてくれることにな
りました。担任の先生とは家庭訪問でも顔を会わせていましたが、
学校で会えるようになったことは大きな進歩でした。
その次は、他の生徒が少ない放課後に職員室まで行って担任の
先生に会うことができるようになりました。そして、その次は、
いよいよ実際に教室に入ってみることになりました。
クラスメートがいる時間帯に入るのは難しそうでしたので、担任
の先生にお願いして生徒が少ない放課後に教室に入ってみること
にしました。久しぶりに教室に入ってみると、とても懐かしくな
ったそうです。
でも、席の移動や自分の知らない絵や掲示物が貼ってあって、
以前とは雰囲気が変わったように感じられ、自分だけが取り残
されてしまったみたいで悲しい気持ちになってしまった、と話
してくれました。
私は、その思いを聞きながらも、取り組むことで少しずつ変わ
っている現状を伝え、今のまま取り組めば必ず学校に行けるよ
うになると励ましました。
さらに、その次は、実際にクラスメートがいる時間帯に教室に
入ってみることにしました。この段階で参加してもらうのは、
自分の好きな授業や、中学生だと担任の先生の教科などですが、
どれか一つの授業だとかえって嫌だという子どもさんもいます。
他には、給食だけ食べて帰ってくる、放課後だけ行ってみる、
部活だけ参加してみる、という子どもさんもいました。いずれ
にしろ、大切なのは、子どもさんができるやり方を相談しなが
ら決めていくということです。
かける君は、思い切って朝から昼まで学校に行ってみることに
しました。友達から何か言われた時の返答に困ると話していた
ので、私、外来看護師さん、ご両親、かける君の皆で返答の仕方
を考え、診察室でロールプレイ(役割演技)をして練習してみ
ました。こういう準備をするだけでも不安は減ります。
当日、教室に入る時はとっても緊張したそうですが、意外と皆
がすんなり受け入れてくれたそうです。実は担任の先生がクラス
メートに事前に伝えていてくれたのです。
トラブルがあった子にも、担任がさりげなく事情を伝えてくれ
ていました。さすが学校の先生です。その後も少しずつ学校へ
の滞在時間を増やしながら、最終的には当初の目標を達成する
ところまでできるようになりました。
このやり方で一番大切なのは、子どもさんとの関係性です。順調
に登校できるようになっていても、全く別の人が割り込んできて
「なーんだ、学校行けるんだ。じゃあ明日から教室行けばいいじ
ゃん」などと言われたら、そこで学校に行けなくなってしまう、
それが関係性ということです。
まずは、しっかりと関係性を作るということ。それは行動療法的
なアプローチに限らず、子どもの心の治療・支援では最も基本的
で大切なことだと思います。 …




